片山すみこ

「あんしん福岡」

「はじめに」

福岡市に住むようになってまもなく40年、人生の大半を過ごした街となりました。

「海が近い、山が近い、温泉もたくさんある。」 「食べ物がおいしい。」

子育て・仕事・家事と忙しく過ごす身には、故郷岡山にも似た、過ごしやすい街でした。

子育てが一段落しました。

生来の障がいが悪化し電動車椅子生活となった夫を看取ったのが2013年でした。

時代は第2次安倍政権のときです。

 

職場では、大学で専攻した日本史を仕事にすることができました。

ジェンダーにも関心があり、職場内での「女性論男性論研究会」では、多くの仲間と語り合いました。

職場の人事部より依頼されて、「女性論男性論研究会」で、セクハラ・パワハラ・いじめ全般に対応するハラスメント防止対策活動に丸16年取り組みました。

職場内で、契約・保障など雇用に問題があれば、仲間とともに声を上げて、交渉して改善してきました。

家事・育児・介護の問題もあって、職場の外に出ての活動はできなかったのですが、自分なりに職場環境・家族の関係など、「半径5メートル範囲内」の関係性を変える努力をし、変えてきたという自負はあります。

2017年、早めに講義を担当することをやめて仕事量を減らし、市民運動に参加しました。

安保法制が成立して2年目の年でした。ちょうどモリ・カケ問題などが起きていました。

安倍政権のもとで、戦後の民主主義や戦後世代の私たちが当たり前とした「平和」「暮らし」が壊され、「戦争する国づくり」が着々とすすむ恐怖を感じました。

1990年代半ばのバブル経済の崩壊以降、高度成長期の「1億総中流」といわれた日本社会は大きく変質しました。

生活が苦しい高齢者・若年層・子どもなどの様々な弱者、そうした人たちが増えたことを肌身で感じました。

そして、私の暮らす福岡市では、高島市政が続いていて、「儲かる市政」、企業経営のような市政がもてはやされました。天神は良いけれど南区はねー、東区はねーなど、都心部と郊外の地域間格差の拡大を感じました。「元気な街」と言われる一方で、生活に苦しむ人が増えました。さらに、「公共」「公」が次々と民営化され、自治体が変質していくさまを見ました。2020年からは、高島市長が率先して、若者(18歳・22歳)の個人情報を自衛隊へ提供したことを知りました。

福岡市全体が「誰もが安心して暮らせる街」になっていないのです。

私が40年家族とともに暮らした福岡市です。私にとっては第2の故郷であり、家族にとっては第1の故郷です。

市民運動に取り組むなかで、何とか恩返しをしなければと思いました。

私自身は、市民運動の裏方で、みんなをつなぐ、少しでも声を大きくすることを心がけてきました。今回、表舞台に押し出され、立候補を表明することになりました。

戸惑いはあります。

ただ、これまでの人生で培ってきた、どうしたら社会を変えることができるのか? 人をつなげることができるのか? 等々、様々な人生経験を生かして、福岡市長選に臨むことはできます。

人口167万人を誇る大都市です。大変な舵取りが待ち受けていると思いますが、応援してくださる方々の支えで乗り切っていきたいと思います。

皆さま、よろしくお願いいたします。

1956年生まれ、岡山県岡山市で育つ。東京大学文学部国史学科卒。1987年より河合塾福岡校・北九州校で日本史を教える。教材・模試作成も担当。河合塾内で「女性論男性論研究会」に所属。長くハラスメント防止対策活動に従事。現在は退職し、2019年より「市民連合ふくおか」事務局長、2022年より「福岡市から政治をかえる会」事務局代表として活動。

○2つの政治姿勢、9つの政策については、以下のページで述べます。

【もくじ】

○2つの政治姿勢

・「とりもどす=本来の地方自治と、公共の力が発揮される福岡市政へ」

・「つくりだす=対話し課題を共有し、ともに考え、実行する福岡市政へ」

 

○9つの政策 「住民とともに“あんしん福岡”へ」

(できるものから順番にやっていきます)

1 「暮らしやすい=大企業中心ではない、地域循環型経済へ」

2 「住みやすい=家賃補助や市営住宅の充実を」

3 「動きやすい=移動に困らない地域の生活交通の充実を」

4 「災害に強い=都市構造を見直しグリーンシティー福岡へ」

5 「子どもが生きやすい=子どもの権利を尊重した社会・教育に」

6 「ジェンダー平等に本気で取り組む」

7 「人権を守る=差別をなくし、多様性を尊重する共生社会をつくる」

8 「平和を守る=「戦争する国づくり」に反対し都市外交を展開しよう」

9 「最後に~自治体のあり方と対話の市政へ」